大隈重信

大隈重信生家に建つ銅像大隈重信(おおくま しげのぶ)
1838(天保9)年〜1922(大正11)年、佐賀市生まれ
第8代、第17代内閣総理大臣、早稲田大学創立者として知られています。
身長は182センチもあったそうです。佐賀市にある大隈重信記念館には、早稲田大学総長として大隈重信が羽織ったガウンが展示されていますが、立派な体格であったことを物語っています。

日本の通貨が江戸時代の単位、両・分・朱から、円・銭・厘に切り替えられたのは1871(明治4)年の新貨条例によるものですが、誰が円と決めたかというと、大隈重信です。
大隈重信が政府に対し新通貨を「円形」にするように説得した折に、人差し指と親指でわっかを作り「こうすればお金の事を表している事をわからない者はいない。だから新通貨は『円形』にすべきだ。」と主張し、通貨の呼称を「まる」と呼ぶのはおかしいので「円(えん)」と提案し、役人の全員が納得したそうです。

江副廉蔵

ニューヨーク時代の江副廉蔵江副廉蔵(えぞえ れんぞう)
1848(嘉永元)年〜1920(大正9)年 佐賀藩士
幕末に長崎でフルベッキに英語を学んだ廉蔵は、1876(明治9)年、アメリカ建国百周年を記念するフィラデルフィア博覧会に、有田の香蘭社の通訳として参加しました。
一旦帰国した後、1878(明治11)年に再度渡米し、三井物産ニューヨーク支店主任として活躍します。

その後、帰国し、アメリカ煙草の直輸入で莫大な財産を築きます。
一番人気の煙草は「ピンヘッド」だったそうです。

廉蔵の姉美登は大隈重信の最初の妻でした。美登は中央に出て行く重信について行かず、重信と離縁したのですが、廉蔵と重信の交流は終生続きました。

大隈重信と江副廉蔵―忘れられた明治タバコ輸入王―

江副廉蔵を追いかける中でわかった色々な事をまとめて一冊の本にし、2008年12月 洋学堂書店より初版、2011年6月に改訂増補を出版しました。
幕末から明治の激動期を生きた人々にご興味ある方に、是非読んでいただきたいと思っています。
写真も沢山載せています。
目次は以下の通りです。
目次
はじめに
第一章 重信と美登と廉蔵 大隈重信の先妻美登/美登のお墓に行き着く/美登の弟 江副廉蔵/幕末の貿易/『幕末・明治 肥前こぼれ話』ブログ誕生
第二章 重信の周りの女性たち 大隈熊子/大隈綾子/相良妙子
第三章 江副廉蔵を追う 江副学園新宿日本語学校を訪ねる/江副廉蔵の墓を訪ねる/鹿島の江副を訪ねる/江副廉蔵子孫の佐賀訪問/江副廉蔵の生い立ち/廉蔵の海外渡航/ フルベッキ写真と廉蔵/明治維新の原動力となった薩長土肥/新宿日本語学校三十周年記念式典/江副廉蔵と煙草/江副商店
第四章 大隈重信 大隈重信/葉隠と重信/長崎での重信/重信の書/大隈重信とハンセン病/大隈重信と佐賀/大隈重信と日本女子大学/大隈重信記念館
第五章 幕末明治の肥前佐賀 幕末の名君鍋島直正/佐賀藩の長崎警備/小出千之助と遣米使節団/石丸安世の密航/パリ万博と佐賀藩/富国の道は貿易にあり/有田焼の歴史/幕末の有田の豪商/『上海航記』/明治の有田と八代深川栄佐衛門/ウィーン万博/起立工商会社と松尾儀助/フィラデルフィア博覧会と香蘭社/有田焼のニューヨーク進出/精磁会社と香蘭合名会社
第六章 江副廉蔵の周辺の人々 廉蔵の妻 久満子と唐通事游龍家/廉蔵の姉 美登/江副家の周辺の人々/有明海沿岸の人々/沖縄と佐賀
第七章 佐賀と沖縄の関係 明治期に沖縄へ渡った佐賀の人々/初代沖縄県令鍋島直彬/鍋島直彬の県政/島尻郡長 斎藤用之助/鳥島全島全部の移住
付録1 大塚敏翁の沖縄懐古 僕が沖縄生まれの理由/葉隠と斎藤用之助/大隈重信のこと/首里の思い出/尚順男爵と親友尚謙/沖縄の恩師たち/沖縄の同窓生/沖縄の文化と芸能/伊波普猷と沖縄文化と思想/沖縄の文献の収集
付録2 沖縄県職員録等に記載されている佐賀県関係者名簿
資料 家系略図/年表/参考図書等/参考施設等/記念碑・墓碑等/新宿日本語学校について
あとがき

ご購入希望の方は『大隈重信と江副廉蔵』頒布会へ御連絡ください。
メールで、下記アドレスまでお願い致します。
info@sueoka-saga.jp